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『東の空に沈む』せん著 好きの反対は憎悪

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こちらの作品はTwitterでも全話読めるので是非

 

自分の大切な人を殺された魔法使いの生き残りユギと、一族を抹殺された暗殺者のチナ。そして、二人のターゲットである帝国第三皇子のトゥファン。

トゥファンはたまたま同じタイミングで自分を殺しに来たユギとチナの二人を制圧、しかし、トゥファンは二人を殺さずにある契約を持ちかける。


時が来たら私を殺してほしい

私の死が、この国にとって

最も不利益となるその時に、だ


この物語はすべてを奪ったものへの復讐の物語


自分は過去の記事でこの方の物語は、『人生ってなんのために生きてるんだろう?』というテーマを感じると書きました。今作の主人公トゥファンも自分の人生の意味を考えます。

 

kenkounauma.hatenablog.com

 

あ、内容に触れるネタバレあります。

 

この憎しみもあなただけのものだ
ここ、いいセリフですよね。一見、前のセリフでの「あなた(父)の苦しみも、あなたのものだ」と言っているので、父の持っている憎しみ=信じるに値する人間がいないこと。のことを指しているのかな?と思ってしまいそうになりますが

「この(トゥファンから父に対する)憎しみもあなた(に対して)だけのものだ」

と言っているんですよね。つまりは、私が憎んでいたのは父だけだったんだということをここで告白します。

さて、ここで憎むということはどういうことか?を考えます。先に答えを言うと、憎しみ=愛ということなんじゃないか?と思うんですよね。

トゥファンは父からの虐待(性暴力)を受けています。父がなぜそういった行動をとったのかというと、2巻でトゥファンの口から明かされるのですが、嘘をつき続ける罰なのだと。

そんな、理不尽な扱いを受けているにも関わらず、父親を殺そうという方向にトゥファンが向かないのはなぜなのか?
それは、同じく2巻で、ユギやチナ、兄のシュナムを殺したのは父のためではなく自分のためだと言っています。では自分のためとはどういうことなのか。3巻でトゥファンはチナの一族を殺したのは自分に対する父の評価を上げるためであったと言っていますね。つまりは次期皇帝になるために殺したのだと。

しかし、本当にそうなのか?と思うんですよね。
確かに、トゥファンの父への復讐を遂げるためには、自分への信頼を最高に高めてから裏切るのが、父から自分を奪うのが一番効果的であろうと思います。ですが、それならば自分が死ぬ必要は無いですよね、その瞬間に殺せばいい。

でも、トゥファンは殺せなかったんですね。どれほど憎んでいても、虐待されていても、支配されていても、トゥファンにとっては『父親』だからです。トゥファンは母親の野心から男の子であると偽って育てられてきました。それによって、自分の性を偽わらなければならなかった。しかし、そうすることで、子供ながらに母とそして父から愛されることを期待していたんだと思います。物語に描かれていないのでこれは想像なのですが、母親から次期王となることで父が褒めてくれるなどのことを言ったのではないかなと思います。父は疑り深い人間だったので、おそらく子供のことも疑っていたから自ら近づいたりなどの行動をとらなかったと想像できます。

トゥファンは父から愛されたかったのだと思うんです。だから父の命令を聞き、父の喜ぶことをした。すべては父親から愛されるために。

だから、トゥファンはチナの質問に、自分のためだ。と答えたんですね。もちろん復讐も理由の1つですが。一番の理由は愛されたいからだと思います。体を差し出していたのは、いつかは自分を信じて、この行為をやめてくれるはずだと、自分を愛してくれるはずだと。

その願いは3巻で叶います。父はすでにトゥファンのことを信じていたと、愛おしい我が娘と語ります。つまり、信じていてなお、愛していると言ってなお、父はトゥファンの全てを差し出すように要求していたんですね。

トゥファンはそれを知って、そうだったのかと、ついに父から愛されることをあきらめたんですね。後のページでトゥファンが 「こんなにからっぽで何もないんだな、諦めるのって」と言っていることからもそうだろうと思います。
父が欲しかったのはトゥファンという1人の人間、信頼できる他人ではなく、すべてを共有する、いわばもう一人の自分が欲しかっただけだったから。(そう考えると、父が女性と交わっていたのは1つになろうとしていたからだと考えることもできますね。)

だから、トゥファンは父に対して「私」の全てを返してくださいと言ったのだと思います。

そして、トゥファンは父を殺す。父を殺す前にトゥファンは復讐を遂げます。ここでトゥファンが言っているのは、上で書いた、父はすべてを差し出すトゥファンのことを信じていた、もう一人の自分であるから。

しかし、トゥファンはそうではないと宣言しているのですね。

 

あなたが私から何を奪っても返せなくても、私は私でしかない

私がこの手で得て、成したものはひとつだってあなたのものではない

中略

だから、あなたの苦しみもあなたのものだ

 

トゥファンは、父に復讐を果たしました。この「あなたの苦しみもあなたのものだ」というのは、トゥファンが言った「あなたが~」はつまりは

「私の人生は私のものだ!!」

という、宣言なんですよね。嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、苦しいことも、全部私のものだと。

ということは「あなたの苦しみもあなたのものだ」このセリフはつまり


あなたの苦しみ=人生もあなたのものだ!!


あなたとわたしは違う人生を生きている別の人間なのだと。


そして、ようやくここで上でながながと書いてきた、トゥファンが父を殺す前に言う台詞に繋がります。
トゥファンは父に愛されたかった、しかし、自分を奪った父を生涯許さない。だけど、トゥファンは父を愛していた、愛されたかったのは愛していたから、憎かったのは愛していたから。つまり、ここで言うトゥファンの憎しみ=愛情、つまり

この憎しみ=愛情もあなただけのものだ

と言っているんですね。

ちなみに、奪うなら奪うしかないという価値観を与えたのが、父の妾だった魔法使いの女性でしたね。彼女が願ったのが王を殺すことだったと考えると、彼女の目的が達成されたとも言えるんですよね。まさしく人の心を惑わした魔法使いだったのかもしれません。


■そして、トゥファンはチナとユギに手を引かれて走り出す。

私、今生きてる!

なぜ、トゥファンはこの結果を勝ち取れたのか。それは彼女が、ナチやユギには本心をさらけ出したからだ。ではあるのですが、一番の要因は「王宮から魔法使いが一掃されたから」ですよね。父が行ったことが、自分を救うことはできなかったが、偶然でも、父も意図していなかったとしても、トゥファンを救ったんだと思います。

■どういう世界なら奪わずにいられたのか?
これはもうどうしようもなかったと思います。魔法使いというある意味でチートな能力をもつ集団を抱えてしまったら、もう制御できるとは思えません。いつかは破局が訪れたはずです。これが1人とか制御できる人数であればあるいはと思いますが、、、。

ただ、チナやユギは許すことができた。それはなぜなのか。
ひとつ思い浮かぶのは先日見た『フリー・ガイ』なのですが、これの感想でノラネコの吞んで観るシネマのノラネコさんが書かれていた

アメリカに引っ越した時、エレベーターで乗り合わせた他人に、「Hey」と一言挨拶するのが不思議だったが、ある時その理由が「襲われないため」と聞いて驚いた。
挨拶をして言葉を交わすことで、その相手は人格を持った一人の人間となり、襲ってもいいモブキャラじゃなくなるのだと。

noraneko22.blog29.fc2.com

チナとユギにとってトゥファンは知らない、関心のない対象でしかなかった。関心のない相手だし、自分の一族を滅ぼした相手だから殺してしまうことになにも問題はないと思っている。

でも、実際にはトゥファンだって、一人の生きている人間だったし、ちゃんと楽しみも苦しみも悲しみも持っている人間なんだと『認識』したことによって、本当に殺してもいい相手なのだろうか?という疑問を持ったんですね。そして、殺さなくてもいいという結論にたどり着いたのだと思います。

これはいまの社会でもいえることなんですよね、こちらが参考になります。新自由主義能力主義社会ってやつですね。

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■そうは言っても沢山の人を殺しちゃったよね?
トゥファンとチナが2人で旅に出るというこの場面をみて『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を想起しました。
ヴァイオレットは戦争孤児でしたが、それを少佐に拾われて、少佐と一緒に戦争で大活躍します。もちろん戦争なので、たくさんの人を殺しています。そのことに対してヴァイオレット自身はなにも感じていなかったけれども、少佐から教えてもらった『愛』を知りたいと願います。そして、色んな人と出会い、いろいろな愛の形を知っていくことで、自身も愛とはなにかを見出していきます。いろいろな人たちのいろいろな愛の形があるということは、彼女が戦争で殺した相手にも、いろいろな愛があったということですね、ヴァイオレットの仕事は手紙=愛を届ける仕事に就いたことで、彼女がなにをしていたのかに気づき、その罪を償う物語でもあったんですね。

つまり、トゥファンとチナが旅に出るということは、いろいろな人と出会い、そのなかで罪を償っていく物語になるのではないのかなーと妄想します。あ、ここで言ってる罪とは、法律とかそういったものじゃなくて、個人でなにをしてしまったのかに気づいて、それをどう償っていくのかを追求していくことなので、罪に対する罰を受けろとかそういった話ではないです。


□最後に感想

ファンタジーだからこそ、現実世界の厳しさをより鮮明に伝えることができる。それは『ハリー・ポッター』『指輪物語』『十二国記』など、ファンタジーのシリーズ小説の傑作を挙げれば枚挙にいとまがないが、それらの物語にも通じる小説の効用だろう。

www.sankei.com


こちらの書評に書かれている三宅香帆さんのここの部分!まさに『東の空に沈む』もそうだな!と思いました。トゥファンの私を奪い返すというものは現実でも起きていることだと思うので、是非トゥファンの物語を見てほしいです。

 

あとは王が結構ヤバそうなんでけど、以外と豊かだよねこの国?とか、タイトルにはどんな意味があるんだろう?太陽が東に沈む異世界の話ってことかな?とか色々ありますが、ひとまずここまで。新刊の短編集もはやく読みたいー(泣)

 

 

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