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『明るい水槽(へや) 彼女についての覚書』 板路 夕著 世界との調和を図るために

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この不思議な読後感を誰かとこの感情を共有したいなーと思って、ネットの海にダイブしたんですけど全然感想書いてる方がいなくて、なんで!?みんな知らないのか?となったのでそれなら布教者に俺はなる!!(ドンッ!!) いや、すでに板路 夕さんの作品はコミティア129のカタログで取り上げられていたので知っている方はいるだろうし、新刊も完売されたようなので今さら紹介するまでもないかもですが、でもこの感情を共有できる同士をつくるためにやるぞ!(謎テンション) 

 

あ、ネタバレがあるので注意です、でも板路 夕さんの作品群はネタバレしても面白いので知らなかった人には是非ともお勧めしたい本です。


 

1ページ目から自分には絶対に思い付かない表現のモノローグや台詞が描かれていて、そこですで心が掴まれてるのに、さらに「いえ、本当は一人っ子なんですけど、記憶の中にだけ双子の姉が存在していて、つまり、架空の姉なのです」この台詞でガッチリ心が鷲掴みにされましたね、なんですかこれ?面白そうな話じゃないですか!これに心掴まれないわけないじゃないですか。

 

ちょっとだけ物語の説明を、深夜営業の本屋でバイトをしている学生の君本さんと同僚の音嵜さん、二人は何気ない会話をしていたら音嵜さんがふいに「架空の姉がいました」という話をする。君本さんはその話が気になり・・・。

 

架空の姉がなんだったのか?というとラジオなんですよね、でもそのラジオ(姉)について語っている音嵜さんの表情って凄く美しいんです。なんで美しいのかって言うと姉のことが好きだったからなんだと思うんです。君本さんの夢のなかの話なのかもしれないですが、音嵜さんがラジオを見つけたときに抱き締めてあげるじゃないですか、これがラジオという無機物のモノとして捉えていたらこんな風に、愛しそうに抱き締めないと思うですよ。 自分はこれをみて、これは愛の物語だ。そして、愛とはこういうことだよねと思いました。

 

なにを言っているのかというと「なぜその人が好きなのか?というと、その人の根元、魂が好きだからその人が好きなんだ」というようなことを言われている方が居たのですが、つまりあなたがあなただから好きなんだ。それは異性でも同姓でも、ましてや無機物のラジオでも当てはまるんだと思うんです。

 

音嵜さんがラジオを埋めてあげるのは好きだったから、ラジオのことが好きだったから。それは人じゃないけど、彼女にとっては愛すべき姉だったんです。

 

なぜそこまでラジオが好きなのかは音嵜さんが語るように、知らない世界をたくさん教えてくれたからではないかな?ラジオというとある方が言われてた

 

「人間はめちゃめちゃに壊れたラジオとして生まれる」

そして

「それを修理するのが人間の営みだ」

 

と言われていたのを思い出します。これは心理学者岸田秀が言われている

 

「人間とは本能が壊れた動物である」

 

という言葉をわかりやすくしたものだと思われるのですが(岸田さんが言われていたと言われてるのですが、探しても見つからないので・・・)、この壊れたラジオという表現がなるほどと思いました。つまり、世界の電波を受信するためには自分というラジオを修理しないと電波を受信できない=世界の見方がわからない ということだと思うのです。

 

音嵜さんが姉と慕っているラジオ、そのラジオから音嵜さんは世界の姿を教えて貰っていた、ラジオ(姉)から伝わってくる世界から情報によって、自分というラジオを修理していたんだと思います。

 

ラストで音嵜さんが言う窓ガラス越しにみた、真夜中の庭の風景が魚の泳ぐ水に満ちた景色に見えたのは、ラジオを修理して世界の電波を受け取れたからなんだと思うんです。

 

そんな世界の見方を教えてくれたラジオを姉と慕い、親愛のような情を抱いているのだと思うと感動しました。

 

板路 夕さんの描く世界をみている自分もまた、板路 夕さんというラジオから電波を受信して自分のみたことのない世界を体験できたような気がしました。ありがとうございました!