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『よあけのヴェイパー』板路 夕著 神がいないこの世界で天使を作った人間はなにを求めていたのか?

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やっと今回の新刊まで追い付きました。板路夕さんの作品に触れるのは 2019/8/25 のコミティア129 が初で、今まで記事に書いてきた3作と今回の1作までしか追えていないのですが、やはりなんといっても空気感がいいんですよね!ふわふわしてるというか、現実なのか夢の中なのかのような。いまの時点で板路夕さんがなにを描く作家さんなのか?と考えたことを書いていきたいと思います。

 

あ、ネタバレありなので気にする方は注意してください!! ネタバレしてもこの作品の面白さがなくなるわけではないですけどね!!

 

 

ちょっと物語の導入を紹介。

 

白熱灯が切れていることを思い出したお姉さんは、電気屋へ行ったけど白熱灯は品切中。その代わりに店主は天使を持ってきた。

 


なぜお姉さんは天使を借りることにしたのか?

たぶん、天使がいらないものとして手離されていたことが、自分の境遇と重なって引き取ったのだと思う。でもそのことにお姉さん自身は気がついていない。

 

あの人からの婚約の手紙を読んでいたときに消えた白熱灯、あの人のことを想っていたお姉さんは先輩の婚約を受け入れられずにいて、消えた白熱灯をそのままにしておけば時間はその瞬間で止まったままでいられると無意識に思ったのではないかと思います。なぜならお姉さんは引き取った天使から言われた

 

「すぐに手放してしまうことをお勧めするよ」

 

という言葉に触発されてあの人のことを思い出すんです。それはつまり、あの人のことを記憶の奥に仕舞い忘れることで気持ちの平静を守っていたんですね。そして、忘れていたから、時を止めるために交換しなかった白熱灯を交換しようとしていたんだと思うんです。

 

でもその忘れていた日々は白熱灯が灯っていない、色の褪せた景色が広がる世界だったのではないか?と思います。天使が語る子どもたちの話で

 

「僕が今まで見てきた子どもたちの話だけど 夕方、長いお昼寝から目ざめたときには皆迷子のような顔つきをしていたものだよ
 ・・・夕ぐれや明け方が不思議な明るさを湛えているのは きっと夢のなかに残してきたひみつの場所が失われる間際に光るから
 そうして皆 寝ぼけた目蓋のふちに たまる涙の感触で 自分が幸せな夢をみたいたって気づくんだ」

 

お姉さんはあの人のことを思い出したことで夢から覚めてしまった、このつらい現実を受け止めなくてはいけなくなった。

 

ですが、忘れていたい、捨てたかった記憶が『幸せな記憶』だったんですね。昔読んで、なんの作品だったのか忘れたのですが、とても印象に残っている言葉があってそれは、好きな人と両想いになれなかったときに、好きだった相手のことを呪わんばかりに恨んでいるんですが、その子に対して主人公が言った

 

「でも、その人のことを好きだった日々は幸せだったでしょう?」

 

この言葉に当時自分は衝撃を受けました。好きな人に受け入れられなかった想いとか時間は無駄なんかではなくて、好きだった時間は幸せだったでしょ?好きで良かったじゃないか!!と好きだった気持ちを肯定していいだ!!と知って驚いたんです(あやふやな記憶なので台詞とか設定はだいぶ違うと思います)。

 

あとは最近読んだ、もうこれでもかってくらい青春の輝きに満ち満ちている『ハチミツとクローバー』の竹本君ですね。彼は好きだったはぐちゃんという女の子と両思いになれなかったんですね、でも竹本君はその日々が無駄なんかじゃなかったと気がつくんです。


 

必死で 何かを 探しつづけてた

 ボクの 大好きな 女の子

 ・・・オレはずっと

 考えてたんだ
 
 うまく行かなかった恋に

 意味はあるのかって

 消えて行ってしまうものは

 無かったものと

 同じなのかなって・・・

 今ならわかる

 意味はある

 あったんだよ

 ここに


 はぐちゃん

 ・・・オレは

 君を好きになってよかった・・・
 

 時が過ぎて

 何もかもが 思い出になる日は きっとくる

 ・・・でも

 ボクがいて

 君がいて

 みんながいて

 たったひとつのものを
 
 探した

 あの奇跡のような日々は

 いつまでも 甘い 痛みとともに

 胸の中の

 遠い場所で ずっと

 なつかしく まわりつづけるんだ

 

 

竹本君にとって好きな人がいた日常が楽しかったことは間違いなんかではなかったし、キラキラと輝く日々だったんだと思うんです。
お姉さんも天使に言われた言葉で、自分の記憶が美しいものだったんだと気がつけたんだと思うんです。

 

でも、すぐには受け入れられないからせめて

夜が明けるまでは なんですね。


お姉さんが天使を引き取りたいと思えたのは、現実を受け入れて、世界の色を取り戻したからなんだと思います。天使を引き取った理由が

 

「台所に椅子が2つあったから ですかね」

 

と言っていて、これって、お姉さんの心のスペースに1人だけじゃなくて、もう1人受け入れられるスペースがあることに気がつけたということなんだと思うんです。

 

自分は板路夕さんの作品を『眼を見開いて世界をみる』ことをする作品群だと感じたんですが、今作のお姉さんもあの人が結婚するという現実を受け入れられなくて、記憶をどこかに仕舞い込んで忘れていた。つまり眼をつぶっている状態です。それが偶然天使と出会い、それがきっかけで記憶を思い出してしまい現実をみることになる、けれど、お姉さんはもうその現実を受け入れられるんです。それは現実をみなかったら気がつけなかったこと、現実をみたから気がつけた。眼を閉じていた世界は白熱灯の消えた暗い世界。でも、眼を開いて現実を受け入れた世界は厳しいけれども、幸せな記憶がある、明るい世界なんだ。と自分は感じました。だって、板路夕さんの作品を読んでいると、普段自分が何気なく過ぎてしまっている日常の風景を切り取って描いていて、その背景の美しさ、現実にある風景が美しく描かれているんです、この世界はこんなにも色鮮やかなんだと気がつかされるんですよね。この世界の景色を色鮮やかにみること、みれることを板路夕さんの作品は描いているのだと思いました。

 

 

天使がやっぱり可愛いよね!!!

ということを最後に書いて終わりたいです。板路夕さんのポンコツきゃらのかわいさがほんとに素晴らしいんです、今作の天使なんかは自己主張するときに頭の輪っかを光らせるんですけど、その効果音が「ビッカー」って光らせるのが可愛いんです・・・。あとポンコツ・・・。

 

以上です!

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