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『アネクメーネの訪問者』 春井安子著 世界の残酷さと、けれども人間はその残酷さに抗うことができる。

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booth.pm

この作品を読んでいて感じていたのは、平和な世界だけど、そこに存在している残酷さ。というものでした。

エリックは神父?から性的な虐待を受けていたかもしれなかったり。

エステルは足が氷でできていたことを村中から噂され、母親が生きていくために森の中に捨てられてしまったり。

ピーターはなにも悪くはないのに、彼の母親は病気で亡くなってしまったり。

本人はなにも悪くないけれど、残酷なことは世界に厳然として存在していて、いつ誰に降りかかるかわからない。


けれども

そんな残酷さに対して、人間は抗えるんだ!!


と言うことをこの漫画から感じるんですよね。


■エリックは『世界』に絶望していない。

この物語の冒頭は雪景色の中に佇む女性の場面から始まります。物語の冒頭に出てくる眼鏡をかけた青年がその光景をみて

「あぁ、美しいな」

と感じているのですが、たぶんこれを読んだ読者も同じようにこの雪景色の中に佇む女性の光景をみたら思わず「綺麗だな」って感じると思うんですよね。それくらいに素晴らしい画になっているんですよ!

青森を旅行してきたことを新幹線の車窓から見えた雪が降りつもる景色に思わず、綺麗だなぁって感動したんですよね。
思い出すのですが、そこで


このあと、眼鏡をかけた青年エリックは彼女に

「僕の妻になってもらえないだろうか」

と言うのですが、この言葉を出会って一番最初に掛けるのは悪手ですよね(笑)
もちろん、エリックだってそんなことはわかっていたと思いますが、目の前に現れた光景をみて思わずこの言葉が出てきてしまったのだと思います。それくらいにエリックがみた光景は美しく感動するものであったことがここから読み取れます。『トニカクカワイイ』のなさくんがナギちゃんにそのあまりの美しさから突然求婚したことを思い出します。

しかし、後々わかるのですが、エリックはどうやら孤児で教会にある養護施設で暮らしていたことがわかります。そこでエリックは性的な虐待を受けていたような描写があります。

そういった虐待を受けたエリックにとっては恐らく『性』を感じるものに対しては嫌悪感を抱いていると思うんですよね。専攻として地理学を研究しているところも人間を相手にするのではなく、自然を相手にすることを選んだ結果であるのかもしれません。

そんなエリックに対して女性エステルはスカートを捲り上げて脚を見せて私は子供を作ることができないわと言います。エステルの下半身は氷でできているからです。

でも、エリックはエステルが人でないことを知っていてそのうえで、彼女を妻に迎えたいと思っているんですね。これは上で説明した彼が性を嫌悪しているだろうということから考えると、エリックは彼女に対して『性』感じないからこそ、彼女を協力者に選んだのだと想像できます。

エステルがエリックに対して最初からスカートを捲り上げているのは、彼女の元に来るのはそういったことを求めてくるヒトがいたのであろうことが想像できる。

エステルに対して、エリックは君が普通の人ではないことは知っていると、彼女が女性だからでもなく、美しいからでもなく、彼女の性質が必要であるとわかったから、エステルは彼の申し入れを受け入れたのだと思います。

では、なぜエリックは彼女に『妻』になって欲しかったのかというと、孤児院にいる少年ピーターを引き取るためだったことがわかります。

ですが、エリックが過去のトラウマのせいで人間を愛せないのであれば、子供を引き取るという選択をとることはおかしいんですよね。

エリックがなぜピーターを引き取ろうと思ったのかを説明するために、ピーターのことを少し説明します。

ピーターは母親を亡くしており、そのため孤児院に引き取られています。父親の記憶は彼が話していないため、おそらく物心ついたときから居なかったのだと想像できます。

ピーターが話す母との思い出を聞いていると、この子がどれほど母親が好きだったのかがわかりますし、なおかつピーターがどれほど優しい子だったのかもわかります。

ピーターは好きだったものの話をしたかっただけで、同情を誘っているわけでもないんですよね。それはピーターが母を追って死のうとするのですが、つまり生きていたくて、同情してほしくて話したのであれば死のうとするわけがないからです。


では、エリックはピーターをなぜ引き取ろうと思ったのか? 多分、この世界を好きになって欲しかったからなのだと思うのです。

エリックは地理学を研究している先生で、それは人間を愛せない彼がこの残酷なことがある世界で、それでも世界にはまだ希望があるはずだと信じて、人間ではないものを選んだのだと思います。 

そんなエリックが、子供の純粋に母親を愛する気持ちをピーターから感じて、この残酷なことのある世界でも、こんな子供を絶望させたくないと思って引き取ろうとしたのだと思うんですよ。

エリックは人間に絶望しているけど、でもそれをピーターにも味わって欲しくはなかったのではないかと思うのです。だからピーターを引き取うとしたのではないかと。


そして、エリックは無事にピーターを引き取ることができるのですが、引き取るまでの過程を描写した箇所が印象的なんですよね。

 

…世の中には気持ちだけじゃどうにもできないこともあるんだよ。

この子を守れるのは結局、仲のいい友人じゃなくて役所が発行する紙切れ一枚、一人の人生を背負うには結婚もできないようなこんな解消なしではいけないんだ。

 


ピーターを引き取るために必要なのは、気持ちだけじゃなくて、それを社会的に認めさせられることのできる証明が必要なんですね。人ひとり助けるために必要なことは気持ちだけじゃだめなんだという社会のシステムこれもまた、平和な世界にあるちょっとした理不尽さ、残酷さを感じてしまいます。

 

エステルが『人間』になった日

そして、そこで自分の協力が必要だったのだとエステルは理解する。
でもエステルはそのことに対して怒ったりしないんですね、なぜなら彼女もまたピーターのことを好きになってしまっているから。

ピーターが二人のことをまたヒトから人間にしてくれたんですね。人間という文字は、「世の中」「世間」「人の世」を表すもので、つまりは人と人の間にいるから『人間』なのだということ。ピーターを通じて、エリックはエステルとピーターと。エステルはエリックとピーターと関わり、人間として生きていくことも悪くないということを感じたのではないかと思います。

エステルの言う

だってあなたが私をまた、人間にしてくれたのに

という言葉はまた違う意味になります、彼女が人間ではなく、化け物かなにか違うものであるから母親から捨てられたのだと思うことで、彼女は自分を納得させていた。しかし、エリックが人であると認めて、書類上にも人であるということを示したからこの言葉があるんですね。

ピーターの言葉でエステルは自分の体質についての人とは違うことが、悪いことではなく、良いことでもあることに気が付かせてくれた。


■ピーターの孤独

ピーターはエリックとエステルという家族を得たことで、母が本当にこの世にはいない、自分は孤独になってしまったのだということに気がつきます。
ピーターは寒い日の夜に、母のいるところに行こうとする=死のうとする。そのことを知ったエステルは自分がいた冷たくて、寒い場所に、神様の国には母親は居ないと言います。そして、そのあとに人は独りぼっちであること、愛する人がいてもそれは他人だから、いつまでも一緒にはいられないのだと。そのことに気が付いてみんな大人になっていく。でも、大人はずっと遠くまで行くことができる。また新しい景色を、縁を見つけることができるですね。そうして、ピーターは母親との別れを受け入れ、いまはまだ子供だから自分の足でどこかに行くことはできないけれど、大人の助けを借りて行くことはできる。

このあとに、ピーターがエステルに背負ってもらいながら帰るシーンは、物語の始まりで美しい景色をみた対比として、人間にも美しいところがあるのだと、これが残酷さのある世界でも、人間が人間に絶望することなく、希望はあるのだと、めちゃくちゃに感動するシーンになっているんですよ!!!

この記事は、この部分が書きたくていままでの部分を書いていたといっても過言ではない!!

家族のなりかたは人それぞれなのだと、この本を見た人は必ず思うはずです。おすすめの作品なので是非とも読んでほしいですね!

 

 

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